昭和41年06月18日  朝の御理解



   (途中末尾切れ)
  皆さんはこんな思いをなさる事はないでしょうか。過去の大変苦しかった時の事、振り返って見てあの時分は苦しい時代だったなと、本当に苦しい事であったと。難儀な事であったとその難儀な事苦しかった事が、本当に今から思うと懐かしいあの時分が懐かしいと、こう言う様な私はおかげを頂いておるならば過去が生きておるとです。けれどもほんにあの時分の事を思うたら、もう身の毛がよだつごたる、もう本当にいやいやあんな難儀な思いはもう二度と、と例えば過去の難儀がですもういやいやと。
 あげなねもう二度と繰り返さん様にと言う様な、事はないでしょうか。惟は過去が死んでおるのです。いかにその苦しかった時に、おかげの実感がなかったかと言う事が分かります。信心さして頂いてどういう難儀な場合でも、どんな苦しかった時の事であっても、あぁいう苦し中にでもやはり神様の、おかげを受けておったなぁとあぁいう苦しい中にあってもやはり、間違いのない神様のお働きだけは見せて下さったなぁと。
 そういう私はおかげを頂き、そう言う所を辿らせて頂いたものでなからなければ、本当のおかげは受けられないと思う。ね。信心とはあれもおかげであったと、ね、あれもおかげであったと分からせて頂くということ。これもだからこそ、これもまたおかげである事が分かる。あれあの時分の苦しかった事もおかげであったと、とそう分かった時に初めて、これも、現在例えば苦しい事があっても、これもおかげに違いはないんだと、確信する事が出来る、ね。
  「悪い事を言うて待つな、先を楽しめ」となるほど、ですからこれからどういう例えば難儀に直面いたしましてもと、言う様な事をです考える事は、あんまり良くない事だと、ね。「悪い事を言うて待つな、先を楽しめ」ともう先は良い事ばっかりと、ね。けれどもそういう考え方は、私はあまりにもあまいとこう思う。先を楽しめというのは、どういう例えば難儀な事に直面しても、その難儀な事その事がおかげであるのだ。
 その時に耐えるだけの、言うならトレーニングというものが出来ておらなければならないと言う言。時にこれを試さして貰う、この稽古をしておる是を試さして貰う、それに直面する事もまた、楽しいという事になってくる。それが過去のものに、なった時に又あの時分が懐かしい、と言う様な過去が生きて来る所のおかげに成って来る。だからここんところを、私は甘く見てはいけないと思う。悪い事を言うて待つなと、もう信心しよりゃ必ずおかげを頂くがな、もう必ず良かごつばっかりと言った様なです。
 思い方は私は、あまりもの考え方だとこう思う。ね、その証拠にはやはり次に、御教え下さっております、信心しておってこれから先です、どのような事が起こってきても、驚いてはならぬぞと、仰る様に厳しいみ教えもございます。信心しておってもです、これから先どのような事が起こってきても、驚かんですむだけのです、稽古をしておけよということある。信心しておって、どうしてこのような事が起こってくるであろうかと、思うようでは、もう信心は留まっておる。ね。
 これはまだ私が信心が足りぬからだと、そこから一心の信心を進めていけば、そこからおかげが受けられるとも教えておられる。ですからあんまり甘い考えではいけません。信心しよりゃ良かごつばっかりと、言った様な事はいけません。とにかくちょっと直面致しますとですもう、信心しよってちょっと難儀な事を感じましたり、起こったり致しますとですたい、もうクウッとしてしまう。もうお先が真っ暗になってしまう、信心の意欲すらなくなっていくと言う様な事ではね、おかげは受けられませんです、ね。
  まあ言うならばです、ある意味合いでは、その虐待試験とでも申しましょう、もう虐待に虐待を受ける。ね、それこそ叩かれながらもその手に縋ると言った様なです、どういう虐待を受けてもです、その神意その神愛を分からせて頂く時に、叩かれながらでもお礼を言わにゃおられない、と言った様なですそういう一つのまあ虐待試験に、パスしていかなければ。ために私はトレーニングが必要だと言う。日頃厳しいまでの、試験いわゆる熱さにも寒さにも、耐え得るだけの私になっておかなければいけないと。
 もう暑かもう暑かとへこたれとる、もう寒かと言やぁ縮め上がってしもうとる。それではです必ず、過去の難儀は難儀として、「はぁもうほんにあの時分を思うたら身の毛のよだつごたる」「もうあれほど難儀はもう、もういやいや」と言うような事になる。過去の一切が、生きてこない、過去を生かしゆるさなければ、これからとても生かしはきらん、ね。私共振り返ってみますのにです、あの修行時代の、ね、食べるに食がない、着ようと思うても衣がない。ね。
 確かに子供達に、おやつの一つ与えられなかったという、あの時代がです、もう本当に懐かしい。もう本当に懐かしい。だからこそ例えば、私が良く申しますように、「今日も先生何にも無いですよ」と、まぁお粥さんにもう本当に、まぁお漬物でとと言った様な時にほどに、確かに有り難いから、私は不思議です。いわゆる虐待試験に合格してきとるからですよそれは。「またこげんとば食べんならんか」と、もうお粥さん見るだけで言いよる、「あの時分の事を思うならもうぞうっとする」と。
 と言う様な事ではおかげにならんです「もうちょいとお粥さんなこらえちくれ」と言う様な事ではおかげにならんです、ね。過去が生きてこないです。ある日漁師が浜に出て、あまりのどかな、御陽気にぼんやりと辺りを見とれておった。どこからともなしにもうそれこそ妙なる香りがして来た。今まで体験した事もない様な、今まで匂うた事も無い様な良い匂いがして来るんですね。で、辺りを歩いてみる、そこにそれこそかってまだ見た事もなかったような、素晴らしい着物が、松の枝にかけられてあった。
 何という見事な着物だろう、ね、これは誰がこういう着物を着るんだろうか。そのたえなる香りというのは、その着物から発しておった。漁師は喜んでそれを持って帰って自分の家の宝にしようとこう思うた。そこに一人の奇麗な天人が現れて、ね、「それは私の着物です」と「羽衣です」って、「天人にその羽衣がなかったら天に帰ることが出来ません。どうぞそれを私に返して下さい」と、漁師は、「いいやこれは自分が拾うたのだから、持って帰って自分の宝にする」と、とうとう天人が泣き出してしもうた。
 いわゆる哀願した。どうぞそれが無しには天には帰られん。「どうぞそれを私に返して下さい」と、それがあんまり可愛そうになったもんですから、それを天人に返してやった。天人は大変喜んでそれを、身に付けて羽衣を身に付けて、それこそ天人の舞いを舞い舞い、お礼を言いながら天に帰って行ったと、羽衣っていうお話ですね。その天人さんが、あの時に助けてもらった漁師に、の親切にその時分の事が懐かしゅうなった。ね、その時分の事が親わしゅうなった。ね。
 後日また天人は浜に下りて来た。ね、そしてその漁師と結婚した。それは羽衣の後日物語、それは私の夢の中に現れた後日物語なんです。そんな話しは聞いたことがないですね皆さんは。私の夢の中に見たんですから、ね、あの時の親切が忘れられなかった。私共が本当にさぁどうなるだろうかと、これがなかったらもう天には帰られない、ね、そういう時にです、例えばその漁師の親切を受ける、本当に素晴らしい、とにかくこの世の事とも思われない。私昨夜からそういうこと言ってるんです。
 もうどんなに考えても、不思議で不思議でたまらんと私、私は日々のおかげをそう思う、ね。そういう日々が不思議で堪らんと言う様なです、おかげを頂かせて頂かなければ、私共はいつも有り難いという風に感じられない。ね、どういう難儀な中にあってもです、神様のおかげを受けておるんだなと、受けておったんだなと、ね、分からせて頂けれる、私は信心が必要だと。ね、
 それには私は本当にどんなに、虐待を受ける時であっても、それに耐え得るだけの、信心修行というのが、なされておかなければ暑いから寒いからで、へこたれる様な事ではなくて暑さ寒さにもです、耐え得るだけのしっかり日頃の稽古を、悪い事言うて待つな、先を楽しめと。「はぁこうして信心しよりゃいつかおかげがあるじゃろう」と、言う様な考え方ではです、その信心が出来ません。どう言う様な事にあっても、又は一つの目的がある、目指しがある。
  昨日ここで修行しております、竹内さんところの息子さんです、正教さんが、昨日の八時頃だったでしょうか、熊本に着いたという電話がかかってきた。ここから歩いて二十里、ですかありますね熊本まで、それを三十何時間かかって無事に到着しております。こちらから電話をかけた時には、まだ着いとらんとそれから2・3分したら、只今着きましたという電話がかかってきた、もうあともう五里、三里、二里、一里ということ、ころにはもうそれこそ、もう這うような、ね。
 三十何時間かかっとりますもん。始めの十里はさぁっと歩いたに違いありません。ね、けれどもです、これを計画してこれを実行するためにはです、もう毎日毎日トレーニングをやっとります。ね、これを毎日やります、ね、例えばですさあ旅費がないから、これから歩いて帰れと言われて、歩いて帰らにゃんやったら、途中でへたばってしまうでしょう。ね、それはもうやっとかっとでもあろうけれども、それをへたばらんでです、ね、誰が何と言うても、やはりそれを遂行する。
 私は竹内さんが今信心に敬意を表しんわけには参りません。素晴らしいなと思う。まぁほんとに若いときにでなからにゃ出来ん修行とも思います
  (途中末尾切れ)